Thursday, March 31, 2016

iPhone SEのかたちが示すデザインの役割。



先日のApple Keynote 「Let’s us loop you in」では、あまり大きな変化が無く少し拍子抜けした感じであった。特にiPhone SEの形状は代わり映えすることがなく、iPhone 5sを使っているユーザーにとっては新鮮味に欠ける感じだ。
しかし、iPhone SEをこれまでのアップルがプロダクトを世の中に送り出してきた歴史の中で捉えてみると、変わらないということそのものが価値であるということが見えてくる。
新しいデザインを生みだすことで評価されてきたAppleが、あえてデザインを変えないということを選択しているのは何故だろうか。

一貫したデザイン言語をつくる。

Appleのデザインは一度決められたコンセプトから大きく変えることはしない。素材であればSnow whiteAnodized aluminum、GUIであればAquaBrushed-metalなど、一貫したデザイン言語のなかで洗練を繰り返している。少しづつ変わりながらも、一貫性を保つことで人々の記憶に残りやすく、親しみの感じられるデザインとなっている。



MacBook Airの歴史。数年単位でデザインの変更がされている。外観のデザインは大きく変わることはなく、つねにAirらしさを保っている。(minimallyminimal.com)

反面、他社製品の多くはデザインのライフサイクルが短く、中身や機能に差がなくても外観だけをすげ替えることで需要につなげようとしているものばかりである。
デザインの役割は単に外観を美しく整えるだけではなく、一貫したデザイン言語のもとに体験を洗練させていくことの方が需要であることを示している。



1985年に発売されたBabyMac。Appleでは「Snow white」というデザイン言語のもと、ハードウェアからGUIに至るまでデザインを一貫させることで、Appleのコンパクトでクリーンなイメージを作り上げる土台となっていた。(derstandard.at)

より社会性を意識したデザインへ。

iPhoneのデザインはもはや製品そのものにとどまらず、サードパーティを含めた経済システム、ひいては地球環境にまで関わっている。
CNBCによると、今やケースなどを含めたスマートフォンのアクセサリ市場は2兆円以上もの規模に達しているという。
仮にiPhoneの形状が頻繁に変わってしまえば、その度に資源が無駄になり環境への負荷も大きい。アクセサリメーカーにとってもリスクとなればそもそもiPhoneのエコシステムが成り立たなくなってしまうだろう。
こういった要素を考慮した上で、あえて変えないという選択は、デザインがより社会性を持たなければならないということを示している。
デザインは単に外観を美しくするだけでなく、環境などの社会に与える影響を考慮し、製品が生み出されてから使われなくなるまで、システムをトータルにデザインしていかなければならないということだ。



今回のKeynoteでは始めに環境責任者のLisa Jacksonが登壇し、iPhoneをリサイクルする様子も紹介された。Appleが地球の環境のために特に力を入れていることがうかがえる。

iPhone SEは、過去の成功にすがった後退ではなく、世の中をより良い方向へと向かわせる前進だということ。
これまで大量消費を加速させてきたデザインの役割に終止符を打ち、デザインがもっと社会性を発揮し、大きな役割を担っていくということの象徴なのである。


Tuesday, March 22, 2016

作法はデザインに従う

形態は機能に従う。という言葉がある。
建築自体の美しさは、機能的な側面が満足いくものになっていれば、あとから自然とついていくるという事を端的に表した言葉である。
同じように、人の作法の美しさはデザインによって決められていると感じる場面に出くわした。

出社前の朝、カフェで落ち着いてアイデアを考えていたらノートで作業をする人に囲まれた。一方はPC(国産らしきWindows)、もう一方はMacBookを使っている。どちらもこれから仕事に向けて準備しているのか、画面とにらめっこしながらキーボードを一心不乱に叩いている。

ただ、PCの方は店内のBGMを乱すかのようにガチャガチャ、タターンッ! とミサワばりに音を響きわたわらせはじめた。朝の落ち着いた静かなカフェが一瞬にして慌ただしいオフィスに変わったかのようだ。

PCの方が音が大きく、作法が雑なのはなぜか。単にキーを打つ時にでる音の違いだが、ここに本質的なデザインの違いがあるのではないだろうか。 モノそのものだけでなく、それが使われる周囲の環境まで考えた時に、PCはどう使われるかまでデザインされていないのだろう。
使う人にとってキーボードからカチャカチャと出る音は中毒性があって心地良いかもしれないが、周囲にとってはノイズとなり、使う人の作法もデザインされたものに従ってしまうのである。

一方、MacBookのキーボード音は比較的静かになるようにデザインされている。このため作法は自然と静かにキーボードを打つように規定される。使う人の性格による部分もあるだろうが、それでも比較して静かに見えるようになるだろう。
この違いが、心地よさが重視されるカフェなどの公共空間において、周囲からみた時の印象の違いを生み出しているのではないだろうか。

同様の視点で考えた時に、Mediumも他のブログサービスと比較してみた時にデザインが作法をうまく規定している好例だ。
フォントや行間は選べないし、画像や動画を貼り付けるフォーマットは数種類のみ。できないことだらけである。しかし、その制約があることで、余計なことを考えずに書くことに集中することができる。

このブログを書き始めた時も、カジュアルに話しかけるようなトーンで書いていたが、フォントが明朝で設定されていることで、もう少し日記的な使い方の方がしっくりくると感じ、文体も自然と落ち着いたものになった。
まさにMediumのコピーである「Write your story」という言葉通りになるように、過度な装飾がされた記事は排除され、個の考えやストーリーを重視したものが集まるようにデザインされている。

公共空間のデザインでも、あえて壊れやすいものにすることで、作法を丁寧に美しくするということがある。
数多くの有名な鉄道デザインを手がけている水戸岡さんは、「ななつ星」車内の洗面鉢では、JRの反対意見を押し切ってあえて高級で壊れやすいものにしたそうだ。

有田焼の陶芸家で人間国宝だった十四代酒井田柿右衛門さんの遺作が採用されている。https://www.flickr.com/photos/kimuchi583/14046729716

最高のものを丁寧に扱うところに作法が生まれて、それが大変美しく見えるはずです。それを使っている人も美しく見えるし、その鉢も質の高い作品として映える、という関係です。
―水戸岡 鋭治『鉄道デザインの心 世にないものをつくる闘い』

割れ窓理論のように、一つでもルールが守られていない部分があると、そこから一気にマナーは崩れ落ちてしまう。公共空間の美しさは、使う人との緊張関係で成り立っている。

デザインする対象だけでなく、その先にいる人たちにどう使ってもらいたいか。
作法や空間の美しさは、使う人の意識以上に、デザインする人自身の意識次第で変わってくるということだ。

Wednesday, March 16, 2016

それでも私がSketchを使い続ける理由。

ついにUIデザインツールの大本命とされていたAdobeのProject CometがAdobe Xdとしてリリースされた。
学生時代から10年近くAdobe製品を使い続けていたが、UIデザインでの使い勝手の悪さにウンザリし、ようやく重い腰をあげてSketchに移行したところだった。
そんな中、Adobe Xdは「またAdobeに戻ってもいいかも」と思えるぐらい、Sketchのシンプルさとプロトタイピングツールのエッセンスがうまく統合されていて心が揺れ動くプロダクトだ。
まだプレビュー版で機能などは限定的なので、正確に評価することは難しいが、Adobeが持つ他ツールとの親和性やマーケティング力を考えると、Sketchや既存サービスにとって大きな脅威となるのではないだろうか。
Adobeが強力なツールを出してきた中で、それでもSketchを使い続ける理由はあるのか。

UIデザインに携わる人にとって悩ましいところだが、Sketchの未来はまだまだ明るい。
単純に機能を比較するだけでは測れないような価値がSketchにはあるからだ。

UIだけでなく、プロセスをデザインできる。

プロトタイピングはProttやFlinto、プロジェクト管理まで含めるならInvision、エンジニアとの連携ならZeplinなど、Sketchと親和性の高いサービスが続々と登場している。
Sketchなら、これらをうまく組み合わせることでプロトタイピングやコミュニケーション、開発に至るまでのあらゆるプロセスを効率よく進めることができるようになっている。
質の高い無料のUIテンプレートや素材が無数に存在する中で、表層のグラフィックが作れるだけでは半人前。 UIデザインは意図したデザインが機能するように、ビジネスとエンジニアリングの間を行き来しながらコミュニケーションをうまく行っていくことの方が重要だ。
現状、Adobe製品だけではプロセスに関わるツールを完全にカバーすることは難しい。ここに今後もSketchを使い続けるメリットが充分にある。
PhotoshopとSketchでIntegrationのトレンドを比較してみると、Photoshopは下降気味。SketchはちょうどUIデザインがより重要視されはじめた2012~2013年急激に普及して逆転しており、大きく期待される存在になっている。

ユーザーがプロダクトづくりに参加できる。

正直、Sketchは大嫌いだった。心地良くない文字詰め、謎に空きすぎる行間、独特の描画方法のペンツール…。
Adobe製品と比較して出来ないことだらけで、使い始めた頃は不便も多く「全く使えない」という印象だった。
しかし、Github上でData PopulatorやNote bookなどのSketchプラグインがどんどんオープンソースで公開されていくことで、不満を持っていた機能の欠点を補って余りあるぐらい便利になり、Sketchの未来を信じても良いかも、と思えるようになった。
バージョンアップやGithub上でのディスカッションも活発に行われており、ユーザーがユーザーのためにSketchの価値に大きく貢献し、プロダクトづくりに参加している。この流れは今後プラットフォームとして見た時にとても強力なものになる。
Facebookやtwitterが開発者に対してオープンすることで大きくネットワークを広げていったように、ユーザー自身がプロダクトをより良くしたいという想いと、Sketchのオープンな思想が交差することで使い勝手は加速度的に高まっていくのではないだろうか。
Sketchのウェブサイトのグローバルナビゲーションには「Community」というメニューが有り、コミュニティを大事にしているという姿勢が明確に見て取れる。


つまるところ、Sketchを選ぶことは、インターネットの集合知、オープンソースの力を信じることでもあるということだ。
私がこの文章を書いているMacのOSだってオープンソースのオペレーティングシステム「Darwin」をベースに作られていて、生活のありとあらゆるところでオープンソースの恩恵を受けている。
かつて百科事典が、オープンソースのWikipediaに置き換えられることで、人々がアクセスできる知識の幅が広がったように。
一つの組織から餌を与えられるように機能が追加されていくのを待ってるのではなく、荒削りなものを自分たちで一緒により良くしていくほうが創造的だし、きっと楽しい。

デザインの道具を選ぶということは、何を信じ、どんな哲学をもってデザインしていくかということと同義なのである。